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迷うことなく自分の道に

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 5日(火)20時03分41秒
  『迷うことなく自分の道に進んでゆくということは、なかなかに難しい。固い意志と、たゆまぬ努力が必要だ。
 迷えば迷うほど努力がむだになると知ったら、最初に熟慮して決断し、断固努力で突きぬけるがよい。
 入り口のほうは、とても入る余地のないようにこんでいる満員電車でも、奥へ入ってゆけば案外すいているものだ。
 入り口がふさがっているからといって、断じて絶望してはならない』
 

武田信玄

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 5日(火)08時07分50秒
  武田信玄。

戦国武将の中で、信長、家康に恐れられていた男である。家臣との対話の中で、学問の必要性を次のように語っている。

「人を木に例えるならば、学問は、その枝葉にあたる。
枝葉がよく茂った立派な木になるためには、大いに学問をしなければならない」

その心構えについて、信玄のアドバイスはこうだ。

「なにも書物を読むことだけが学問ではない。
それぞれの道を究めることを学問という。
自分より優れている人に近づき、話を聞くのもよい。
一日に、最低一つは学ぶように心がけなさい。そうすれば、1ヶ月で30ヵ条学んだことになる。一年たてば360余りも身についたことになる。

去年の自分よりも、今年の自分のほうが、はるかに向上しているはずだ。

頭を下げて、人の良いところを学び取るのは、少しも恥ずかしいことではない」

一人の人間として、生涯にどれだけ立派な枝を伸ばし、多くの青葉を茂らすことができるか?
それは、一日一日の、小さな努力の積み重ねの結果である、と、最後に結ばれていた。

歴史に名を残した人物の、若き日からの心がけなのだろう。
結果ばかりを追い求め、日々の努力を忘れていないだろうか?と反省せずにおれない。

毎日の積み重ねなくして、結果は得られないものと知らされる。
今日一日、目的に向かって大切に生きたい。
 

因果の道理

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 5日(火)07時28分27秒
  私たちの運命の法則を教えられたのが、「因果の道理」。

因果の道理は、仏教の根幹です。
「根幹」とは、根であり、幹である、ということ。

仏教を一本の木に例えると、因果の道理は、根っこであり、幹に当たります。
根っこがなければ、木は枯れてしまいますし、幹を切ったら、木は倒れてしまいます。
ですから、因果の道理がわからなければ、仏教は一切わかりません。

お釈迦さまの説かれたことは、7,000冊余りのお経(一切経)にすべて書き残されています。その7,000巻余りのお経を貫いている教えが、「因果の道理」です。

まず、「因果の道理」の「道理」について解説しましょう。

「道理」とは、仏教で“三世(さんぜ)を貫き、十方(じっぽう)をあまねくもの”を言います。

「三世(さんぜ)」とは、過去世・現在世・未来世のことで、“三世を貫く”とは、“いつでも成り立つ”ということ。

「十方」とは、東西南北上下四維(しゆい)のことで、“十方をあまねく”とは、“どこでも成り立つ”ということです。

ですから、いつでも、どこでも、変わらないものを「道理」と言われます。

明治時代は正しいといわれていたけれど、平成の今日には通用しない、というものは道理とは言いません。
また、日本では正しいけれど、アメリカや中国では間違い、とされるようなものもまた、道理とは言えません。
いつの時代でも、どこへ行っても、正しいこと、変わらない事実を「道理」と言います。

仏教は、そんな道理を、2,600年前から教え続けられているのです。

ですから、「世の中、これだけ変わったんだから、仏教も変えなければ」という人が時々ありますが、その人は、仏教には何が教えられているのか、よくご存知ないのでしょう。
仏教には、いつでもどこでも変わらない普遍の真理が説かれているのです。
 

「心のゆとり」

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 4日(月)19時47分25秒
  「心のゆとり」



●どんなに、忙しくても…、

●とっても、疲れてたとしても…、


玄関で、靴を必ず揃える心でありたい、、。


他人の靴が、揃ってない時には「〜してあげた」や、「〜したのに…」の気持ちじゃなく…


自然に、自分の心のゆとりを取り戻すための

「心呼吸のような動作」で、靴を揃えている自分でありたい…。




■家の玄関は、社会との扉となる場所…。


◎「いってきます」の際は、我が家の空間が出発の背中に勇気を与えてくれます。


◎「ただいま」の際は、我が家が‥

疲れの全てを包み込み、安らぎを与えてくれるのです…。




【たかが家だけど、されど家。

物でしかない、ただの家のはずなのに…

心を宿している。】





玄関を出るたび、戻るたびに…


●心に優しさを吹き込んでくれて、ありがとう…。


●モノのあわれを教えてくれて、ありがとう…。


「物にも心がある」との気付きを、物である言葉を発することない我が家が…


いつも、だまったまんまやけど、

毎日そう、教えてくれています…。
 

相談者でも、このことに気づいて

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 3日(日)08時38分23秒
  大学時代、共に仏教を学んでいた1年上の先輩は、弁護士をしている。
今は一児の母として、子育てをしながらの勤務。
現場からの提言として、こんなことを語っていた。
・・・・・
毎日たくさんの人が法律事務所を訪れる中、多く担当したのは、離婚に関する問題です。
全国で一年間に約26万2千件、2分に1組が離婚していますから、多いのもうなずけます。
内容は、一方が別れることに応じなかったり、子供の親権、養育費についての相談など多岐にわたります。

「子供が生まれたのはよかったけど、結婚は失敗だった」
「一緒にいて、楽しかった時なんてなかった。住んでる世界が違った」

など、苦しい胸のうちを依頼者は訴えます。

子供の非行問題を一人で抱え込んでいたある女性は、夫が何一つ協力してくれなかったことから心が離れてしまったといいます。相談しても“疲れている、仕事が忙しい”と、取り合ってくれない。結局、学校への対処や、転校の手続などはすべて自分で済ませたのです。しかし、疲れ果てて休んでいると、「何で寝ているんだ。働け」と言われたそうです。

ドメスティック・バイオレンス(DV)といわれる暴力で苦しんでいるケースもあります。ところが夫の多くは、悪いことをしている自覚がありません。

こんな事例を知ると、“私がこんなに苦しんでいるのは、この人のせい”と相手を恨むのも無理はないと思います。
このような場合、仏教では、「それは縁が悪かったのだ」と教えられます。
縁とは、私たちの幸・不幸に間接的に影響を与えるもので、ここでいえば、悪い夫です。
その縁を変えることも大切ですが、縁は飽くまで縁であり、原因ではありません。

お釈迦さまは、「自分に現れた運命の一切は、皆、自分に原因があるのだよ」と「自因自果」を教えておられます。つまり、どんなひどい男がいても、夫婦にならなければ、今の苦しみはなかったはず。なぜ、こんな男を夫に選んだのか。そんな相手と結ばれるような原因を自分自身が持っていたということです。

相談者でも、このことに気づいて心や行ないを変えていく人は、人生が前向きに転じていることが多いようです。

大切なのは、正しい原因を知り、自分を正しい方向へと改めていくことです。
仏説に学んで実践していけば、幸せが未来が開かれていくことでしょう。
・・・・・

私が学生時代(今から12、3年ほど前?)は、年間の離婚件数は約20万件だったから、増えたなぁ、と思った。
親子の問題、夫婦の問題を、いろいろなところで目にし、耳にするけれど、誰もが幸福を望んでいるはず。
どんな結果にも必ず原因がある、と教えるのが仏教の根幹である「因果の道理」ですが、幸福や不幸ということの、正しい原因と結果の関係を、私たちはよく知らなければならないと思う。
(*^-^)
 

花瓶の中にゴルフボール

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 3日(日)08時36分54秒
  ある大学教授が授業中、大きなガラスの花瓶を卓上に出した。
教授は無言で、その花瓶の中にゴルフボールを入れていき、花瓶をいっぱいにした。
教授は学生に尋ねた、

「この花瓶は、いっぱいか?」

学生たちは、うなずいた。

教授は黙ったまま、小石がたくさん入ったバケツを卓上に出し、花瓶の中に小石を入れ始めた。小石を入れては軽く花瓶を振ると、小石はゴルフボールの中の隙間に流れ込んでいった。やがて小石はいっぱいになった。
教授は尋ねた、

「さて、この花瓶の中はいっぱいか?」

一人の学生が、

「たぶん違うでしょう」

と答えた。

教授は「そうだ」と笑い、砂袋を取り出し、花瓶の中に砂を全部流し込んだ。砂はゴルフボールと小石の隙間をぎっしりと埋めた。

教授が

「これでいっぱいになったか?」

と尋ねると、学生たちは声をそろえて「いいえ」と答えた。

最後に教授は水を花瓶に注ぎ込んだ。水は見る見るうちに砂の中に流れ込んでいった。

「さて‥‥」

教授は花瓶を見ながら話し始めた。

「この花瓶は、あなたたちの人生です。“ゴルフボール”は『自分の人生で最も大切なこと』を意味します。“ゴルフボール”を先に入れないかぎり、“ゴルフボール”が入る余地は、もう二度とないんです。小石や砂や水から先に入れて、それらでいっぱいになっている花瓶に、後から“ゴルフボール”を入れるスペースは無いんです。“ゴルフボール”とは『人生で最も大切なこと』です。

あなたにとっての“ゴルフボール”は何ですか?

“ゴルフボール”を最初に花瓶に入れなさい。さもないと、あなた達は、『生きてきて良かった!』と言える、自分にとって最も大事なことをやらないまま一生を終えることになる。
多くの人が、最初に“砂”や“水”で花瓶をいっぱいにし、“ゴルフボール”を入れられず、後悔に終わっています」

・・・・・

ビジネス書のベストセラーである「7つの習慣」の中にあるフレーズに、
“Put first things first”
というのがあります。
「優先すべきことから先にやりなさい」というシンプルなメッセージですが、授業、レポート、実験、家事、仕事、etc...
目の前のことに追われ、自分の人生で本当に大切なことは何だろうか?と思いをめぐらす時間さえない。
いや、そんなこと考えたこともなかった、と言う人も少なくないだろう。

こんな話から、考えてみるきっかけにしてはどうだろう?
きっと今まで見えなかった何かが見えてくるはず。
 

7つの習慣

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 3日(日)08時35分50秒
  “Begin with the end in mind.”

「7つの習慣」というベストセラーで紹介されている言葉。
mixiの代表取締役、笠原健治さんも「私の人生を変えた3冊の本」の1冊に数えている。
人生の成功者には共通した7つの習慣がある、とこの本はいう。
その第2番目の習慣で、紹介されているフレーズ。

最初にちゃんとゴールを見定めて始めないと、努力が無駄になっちゃうよ、と指摘している。
たしかにそうだなぁ、と思う。
ただやみくもに突っ走っても、疲れるだけで、何の満足もない。
気づいたら、何のために一生懸命だったのか…、と後悔がのこるだけ。

一生懸命、とにかく勉強!勉強!勉強!
一生懸命、とにかく仕事!仕事!仕事!

がんばって、がんばって、いろんなつらいことにも耐えて、がんばって…。
だから、それなりの満足はある。
でも、やはり、それなりにつまらない。
何だろう、この気持ちは…。

そんな悩みを抱える人は少なくない。

一生懸命生きているのに、どうしてこんなにつらいのだろう?
一生懸命生きているのに、どうしてこんなにむなしいのだろう?
もう、これ以上、がんばれない…。


どんな結果にも、必ず原因があります。
「何のために生きているのか」という「人生の目的」が曖昧なままではないでしょうか?

ゴールがハッキリしていてこそがんばって走ることが出来るし、ゴールに向かってこそ、走る一歩一歩に意味があるし、ゴールにたどり着いてはじめて「一生懸命、走って来てよかった!!」の満足があります。

そういえば、こんなことを思い出した。

高校時代、あわててワイシャツのボタンを留めていったら、掛け違っていて、全部やり直した、ということがあった。

最初を掛け違うと、その後の努力は、悲しいかな、無駄になってしまう。

自分の未来がそんなことにならないように、とこの本は警告を発してくれているのかも知れません。

「なぜ生きるか?」というテーマについても、可能な限り、日記にも載せていきたいと思います。
 

おばあちゃんが、言っていた。

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 2日(土)17時46分58秒
  おばあちゃんが、言っていた。

「お前が当たり前に生きた
一日は、きのう亡くなった
人が、なんとしても生きた
かった一日なんだよ」

そうなんだよネ。



“人生にはひとつのむだも無し”とも言うが…



たまには、いいじゃん
ネ(^_^)Ь充電、充電。


一日。

その日を精一杯

大切に

生きていこうか
 

中学生に、

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 2日(土)17時45分42秒
  中学生に、こんな問いかけをした記事を見た。

先生「お金持ちになりたい?」
生徒「なりたいで〜す!」(ほとんどみんな)
先生「もし50億円もらえるなら欲しい人〜!」
生徒「は〜い」(ほとんど手を挙げる)
先生「ただし条件があります。 みんなの人生50年分と引き換えです。 それでも欲しい人〜!」
生徒「…」

自分の人生50年と、50億円の交換条件で、クラスの生徒の大半は「50年の人生」を選びました。

サラリーマンが退職までに稼ぐお金が平均すれば、およそ2億円と言われます。
40年かけて2億とすれば、1年間で500万円。
50年で50億ということは、1年間で1億円。

実に、20倍!

考えてもみれば、日本人の平均寿命が80年とすれば、私たちは生まれたとき、80年という時間を受け取ったことになります。
その80年という時間を使って、何かと引き換えにしていると言えるでしょう。

1時間アルバイトをして1,000円を手にした人は、1時間の命を売って、1,000円を手にしたことになります。

2時間、カラオケで歌いこんだ人は、2時間の命をすり減らしたことになる、ということです。

私たちは、命を切り売りして、欲しいものを手に入れるのだと言えるでしょう。

40年間、働いて2億円のお金を手にした人は、単純に言えば、40年分の命を費やして、2億円を手に入れた、ということになります。

しかし、一生働いても手にすることの出来ない50億のお金を、50年分の人生と交換する条件で手に入れることが出来るとなっても、多くの人は、「お金」より「人生」を選ぶのです。

そこには、決して「お金」には代えることの出来ない価値あるものがあると思うからではないでしょうか?

しかし、悲しいかな、それをハッキリ知って生きている人がないように思えるのも否定できない事実です。

「私の人生には、何百億、何千億のお金にも代えられない素晴らしい価値があるんだ!!!!」

という、ハッキリとした自覚があるならば、会社の倒産ぐらいで自殺はしないだろうし、
いじめられたり、先生に叱られたぐらいで、簡単に屋上から飛び降りることもしないでしょう。

何のために生まれてきたのか?
何のために生きるのか?
どんなに苦しくてもなぜ生きねばならないのか?

私の人生には何ものにも代えられない価値がある!

ハッキリ言えるように生きたいものです☆
 

(無題)

 投稿者:影法師  投稿日:2007年 6月 2日(土)17時43分35秒
  日本の自殺率は先進国中トップと言われる。
平成10年から、8年連続で3万人を超えている。
この日本だけで、1日約90人、16分に1人が自殺で亡くなっている計算。
交通事故死者数は、昨年が6,352人だから、実に5倍もの数になる。

地雷、自爆テロ、ミサイル攻撃…、そのような心配のない平和な国、日本で、年間3万人以上もの犠牲者が出ている。これは紛れもない事実。

・・・・・・・・・・
「あなたはなぜ自殺せずに生きているのですか?」
こんなアンケートが、かつて、本の雑誌「ダ・ヴィンチ」に掲載されていた。

あなたが今「自殺せずに生きている」理由を教えて下さい、という問いに、男女とも最も多かった回答が「生きていればいいこともあるから」 。

正直、「おそろしい」と感じた。
生きていればいいこともあるから自殺しない、ということは、「生きていても、いいことなんてない」と思ったら自殺する、ということ。 みんな自殺予備軍と言っても過言じゃない。

どんなに苦しくても、なぜ自殺をしてはいけないのか?
苦しくとも生きねばならぬ理由は何か?
その答えが「生きていればいいこともあるから」で答えになるだろうか?
もう死にたいな、と思っている人に、通用するだろうか?

「何でこんなにつらい人生、生きないといけないのかな?いっそのこと、死んでしまいたい」
と言う人に、
「死んじゃダメだよ。生きていれば、そのうちきっと何かいいことあるから」
と言っても、“無責任な励まし”としか受け取られない。
「何かいいことって何?本当にあるの?」と言われたら、何と答えるのだろう?

同じ「幸福」を求めて生きている人間が、「自殺」という道を選択している事実を、他人事と見てはいけないと思う。

「あなたはなぜ自殺せずに生きているのですか?」という質問は、「あなたはなぜ生きているのですか?」と尋ねていることに他ならない。

「あなたはなぜ生きているのですか?」

この問いには、代弁も許されなければ、受け売りの知識も間に合わない。
一人一人が答えねばならない問いだろう。
 

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